プロ並みの合唱団が本番中に立ち位置を変更するほど並びにこだわった理由
「どんな形で並ぼうか」「パート内の並びはどうしようか」「弧を描く? 真っ直ぐに並ぶ?」と並びを念入りに決める合唱団もあれば、並びを全く気にしない合唱団もあります。
なぜ、並びの重要度が合唱団によってこうも違うのか。
今回は小春ういがその理由に迫ります。
並びにこだわるプロ並みの合唱団
私が昔所属していた合唱団のひとつに、とても並びにこだわる合唱団がありました。
練習の様子を見たパートリーダーたちがウンウン考えて、本番の1ヶ月前くらいに仮決定。その後、ギリギリまで微調整を続けます。
本番の朝、メンバーの調子を見て並びを調整し、会場リハで会場の響き方を確認して問題があれば再調整。そこでは終わらず、演奏会の幕間で並びや立ち位置が変更されたり、一度はステージの途中でパートリーダーの目配せにより立ち位置を交換したことまでありました。
その合唱団は精密な演奏をすることで名の通った合唱団でしたが、その精密な音作りと並びが深く関係していたのです。
その理由を紐解いてみたいと思います。
人の「無意識のモノマネ」を効果的に使っている
人は無意識にモノマネをします。
たとえば、目の前に笑顔の人がいたらこっちも笑顔になるし、目の前の人が泣いていたらこっちも沈んだ表情になります。
それと同じようなことが合唱の最中にも起きるのです。
喉を締めたような声が聞こえれば、こっちの喉も少し締まったようになり、喉がよく開いた声が聞こえれば、こっちの喉も少し空いたようになります。
隣の人が外国語の発音を流暢に歌っていれば、こっちも調子よく発音できるし、隣の人の外国語の発音がカタコトだと、こっちも少しカタコトになってしまいます。
ボイストレーニングを受けて、その時は楽に歌えるのに、次の日になると元に戻ってしまうというのは、「昨日できたはずのことを忘れてしまったから」だけではなくて、「昨日は無意識のモノマネがうまく作用しただけだった」ということも要因の一つです。
私たちは歌っている最中に目から耳から情報を仕入れモノマネをするので、並びによって音が変わるというのは、あるところ生理現象なのです。
一人ひとりの得意ポイントを最大化する
上述の私が所属していた合唱団はこの「無意識のモノマネ」を効果的に活用していました。
この合唱団は、アマチュアの一般合唱団であるにも関わらず年に40曲仕上げるような合唱団で、練習時間を贅沢に使うことはできません。1曲1曲を反復練習で仕上げるような音楽づくりをする余裕はありません。
全てのメンバーの不得意ポイントを解消しつくすことは正直不可能で、基本的には今ある技術を用いて曲にぶつかることになります。
そこで、今あるものを最大活用するために、並びを工夫します。
「誰がこの曲のエキスパートか?」と考えて、その人を中心に置いた並びを作るのです。
曲がラテン語宗教曲なら、その曲に求められる技術が高い人を中心に置きます。
それはたとえば、ハリのあってビブラートが適度に少ない声の人、ラテン語の発音が得意な人、和声感覚に優れていて音をハメられる人。
曲が日本語の重たい曲なら、声が豊かな人、日本語の発音が得意な人、メロディーをしっとり歌い上げることが得意な人が中心に置かれます。
「聴いて合わせる力」の強い団だからこそ
一般の合唱団が一人一人の得意ポイントを主に反復練習で共有するのだとしたら、この合唱団は主に「無意識のモノマネ」を用いて共有していたのだと、今になって思います。
合唱団では「聴いて合わせる力」が大切にされますが、この合唱団はその力がとりわけ強い合唱団でした。だからこそ成り立った効果的な戦略だったといえるでしょう。
〈ライター:小春うい〉
日本語の歌唱を得意とする声楽家・合唱指導者。国立音楽大学卒業。基礎力を大切にした歌唱・指導が特徴。日本語音声学や朗読などを学び、知識を実践に結びつけることをライフワークとする。中学生から合唱を始め、NHK全国学校音楽コンクール全国大会出場。高校では合唱部を音楽的に推し進め、初出場で全日本合唱コンクール全国大会3位相当の特別賞を獲得した。大学生・社会人になっても合唱やアンサンブルを続け、海外演奏旅行や海外コンクールなどの経験を持つ。